我々はポハピピンポボピア星人だ「地球星人/村田沙耶香」

読書感想文

「今から全員でお互いを 少しだけ味見してみるんだ。」

私は、「人間工場」の道具としての務めを果たせない自分を感じていた。

ポハピピンポボピア星人だから、地球星人のすることは理解ができないのかもしれなかった。

地球では、若い女は恋愛をしてセックスをするべきで、それをしていないと 「寂しくて」 「つまらない」「あとで 後悔をする」青春を送っている、ということにされてしまう。

(本文より)

 


◎紹介

あの日、私たちは誓った。なにがあっても、いきのびることーー。
コンビニ人間』を凌駕する衝撃!世界が絶賛する新たな代表作。

恋愛や生殖を強制する世間になじめず、ネットで見つけた夫と性行為なしの婚姻生活を送る34歳の奈月。夫とともに田舎の親戚の家を訪れた彼女は、いとこの由宇に再会する。小学生の頃、自らを魔法少女と宇宙人だと信じていた二人は秘密の恋人同士だった。だが大人になった由宇は「地球星人」の常識に洗脳されかけていて……。
芥川賞受賞作『コンビニ人間』を超える驚愕をもたらす衝撃的傑作。

地球星人(新潮文庫)

 


◎感想

前半は、親子関係。

特に「子供にとっての親の存在」にフォーカスしており、より現代的な題材で、わかりやすく言えば「親ガチャ」などのワードを取り扱いそうな雰囲気だった。

この部分は親=子供にとっての常識=洗脳

という事を示唆しているのだと感じた。

さらに、そこに「性」=子供(女性主人公)にとってのパーソナリティー(個性)という題材をブチ込むことで、
不安定な幼い心の器を掻き混ぜて壊していく。

というような、暗めの題材にも関わらず、

非常に心地よいリズムで書かれているので、
甘いお菓子を無限に口に詰め込まれて苦しさを感じるにも関わらず、幸福感で溺れていくような不安定な感覚で読み進められてしまう。

この作品を読んでいる私の中では、四畳半神話大系の絵柄でキャラクターが動いていたので、湯浅監督が映像化したら楽しそうだと思った。

しかし、最後まで読み進めると奇っ怪な楽しい雰囲気だけでなく、しっかりと狂気も孕んだ作品だということが判明したので撤回しなくてはならない。

 

主人公である奈月が塾講師もとい魔女に口を奪われて、鬼気迫る形相で本当に愛している由宇にセックスを迫り、目的を達成してしまった後、大人たちは常識から外れた子供だと奈月を叱り、矯正するために軟禁する。

 

そこからの物語はかなり進んでいき、とんでもない方向にぶっ飛ぶ。
この作品を読んで、社会、常識、一般的というワードに対しての強い問題提起を感じるのは気にし過ぎなのかもしれないが、社会というフラストレーションを詰め込んだようなコンビニというロケーションを選んでいた作者でもあるので、あながち否定もできない。ちなみに同作者の芥川賞受賞作品であるコンビニ人間は読んだことはない。

夫の手元でひっくり返った地球星人炒めをそっと皿に戻しながら、由宇が言った。 「そうだね、確かに僕たちは誓った。じゃあ、これはどうかな。今から全員でお互いを 少しだけ味見してみるんだ。そして、美味しい個体から食べていこう。もし不味 かったら食べきることができないかもしれない。味見と言っても、指を切り落とした りする必要はないよ。綴るだけだ」(本文より)

 

三人が共同し宇宙人として生きていく決断をして原始人のような自然的な生活を営んでいく。

それは、知らない人から突然に私の顔面にトマトを投げつけられ、ぐちゃぐちゃになって顔面にへばりつくトマトから滴る体液が、私の停止した思考を笑っているようだった。

一体どうしてこんなにもブッ飛んでいるの。

終始、作者の狂気に当てられつつおかしくなりそうだったが、なんとか読み終えることができた。


「常識」とは何なのか。強い意志。いやもはや殺意を持って包丁を突きつけられた読了感だった。

社会という基準からズレ始めた子供が成長していくと、最初は小さなズレだったのが大人になったときには基準から大きく差が開いてしまっている。

それからは元に戻そうにも大変で矯正できないまま進んでいくしかない。

生き延びるために。


夕食を抜いて読み勧めていた、同じく空腹状態にあった私も、最後のシーンの三人と同じ心境に少しだけ近い状況下ではあったが

ラスト三十頁からは、流石に食欲が減ってSAN値がピンチになってしまう。

私も社会不適合な部分もあるので

もしかしたら、ポハピピピンポボピア星人なのではないかと思っていたが、

未だ洗脳が解けていないのだと安心した。

 

最後に、

塾講師の男との模擬セックスに身体を壊された奈月は

由宇と智臣との食事という行為による、心で繋がる意味での性交によって本来の身体を取り戻すことができたわけだが、

なぜ、それより前、
塾講師に犯された直後。幼少時代の由宇との本来の意味での性交で身体を取り戻すことが出来なかったのだろうか、と考えてみた。

おそらくは、身体が成熟していなかった。という理由もあったのだろうが

その時の奈月にとって由宇という存在は、逃げ道でしか無かったから。

その時点による性交では愛によるものでは無くて、親や塾講師や常識というものから開放されたい欲求を愛だと錯覚していたのではないかと仮定してみた。

大人になった時点では3人で協力して生活していた訳で、かなり親密度が高い状態であった。そんな苦楽を共にしてきた智臣と由宇を食べて、愛を食べさせて分け与える行為によって身体を取り戻すことができ、ようやく完全体になったからこそ、欠如していた3人が孕むことが出来たのではないだろうか。

と、妄想してみる。

 

お題「我が家の本棚」