伊坂幸太郎「逆ソクラテス」

伊坂幸太郎

「逆ソクラテス

 


「僕は、そうは、思いません」


はっきりと他人の意見をバッサリと切れる人はいるだろうか

他人は自分とは違う。そんなふうに考えることは容易だが、ついつい自分の中の常識を他人に押し付けてしまうことも私自身、多々ある

少し前、傷心した折に一人で温泉旅行にでかけた、
なかなか寂れた観光地ではあったのだが、昨今のキャッシュレスブームのようなもののおかげで、そこの売店でもPaypayが使えるようになっていた

私は近所のスーパーでも使用する程度には慣れていたので、これは便利だと思って、そこの売店でもお土産を購入してPaypay支払いを申し出たのだったが、

Paypay支払いをするときの注意として、支払金額を聞いて、アプリに打ち込み、”相手に確認で見せて”、決済ボタンを押す。という流れが本来推奨されている

そうでもしないと、金額を間違って支払ってしまうことがあるからだ。

 

しかしながら、近所のスーパーで使うときはレジに並ぶ人も多くいるのでスピード重視になる。本来の流れを簡略化してしまうのだ。

支払金額を聞いて、アプリに打ち込み、決済ボタンを押す。その画面を見せて払ったよ。という流れになる。”相手に確認で見せる”という動作が減る

些細な違いだが、私は使い始めてからそういうルーティンのようなものを守って使ってきたので

今回もそのような流れで、決済済みの金額画面を見せたのだったが
それは違いますよ。と
続けて、決済ボタンを押す前に金額を見せるのが常識ですよ。と言われてしまったのだった。


特段、その場では、ああそうですね、失礼しました。で終えたし、

後で検索してみて正しい使用方法というのを知ったときは少しショックを受けてしまった。

もちろん、正しいのは相手なのだが、

っと常識という表現を使用したことが引っかかっていた。
あなたの常識は私の常識では無い。そして、そのズレを指摘するのではなくて押し付けるような表現は良くないのだなということも勉強させていただいた場面だった。

 

スロウではない


まず、伊坂先生のギャグセンスには脱帽する勢いで尊敬いたします

本当に日本語で人を笑顔にすることができる天才だと思います

「そんなスロウではない」という作品は学校イジメの話


テーマとしては暗いのだが、読了したときには身体の奥から暖かくなってしまったし、所々でも不思議と笑ってしまっていた

 

学校という世界はとても狭く、自分の身を守るために自分よりも弱い立場のモノを見つけようとしてしまうのだと思う

かく言う私もいじめられる立場にいたことがあり、とあるクラスメイトに消せない心の傷をつけられた

 

そんなやつがいたのか、はい、では、消せ

 

といって、そんな奴らを消すことができたらどんなに良いか、考えたこともあるだろう

私の場合は教師に相談し、
その教師が素晴らしい人であったために非常に運が良かったのだと、悲惨な事件をニュースで聞くたびに、うん数年経って振り返ることもある


しかし、うん数年立っていてもいじめていた奴らの人生が幸せになっていて欲しくないと願っているのだから、
しかし、
その願いなど神様は聞くこともなく平等なのだから、悲しくなったりする日もある